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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)6475号 判決 1957年3月09日

原告 佐藤忠男

右代理人弁護士 笠島永之助

被告 有限会社三進電気商会

右代表者 青野正太郎

被告 相内博

右両名代理人弁護士 堀内正己

同 村上直

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

別紙記載の土地が原告の所有であること、被告会社が右地上に別紙記載家屋を所有し、被告相内が右家屋に居住していることは当事者間に争がない。

被告会社は右土地につき賃借権を有すると主張し、原告が昭和二六年五月三一日右土地を被告会社に賃料一月六〇八円(後一、九七六円となる)、期間昭和四二年一二月三一日までの約で賃貸したことは当事者間に争がない。原告は、右賃貸借契約は、被告会社が賃料支払を一月分でも怠つたときは、催告を要せず、ただちに解除することができる約であつたと主張する。成立に争のない甲第三号証は原告と被告会社との間で右賃貸借契約につき作成された証書であるが、それによれば、契約内容として、「賃借料は毎月二八日その月分を相違なく持参支払うべく、もし一ヶ月たりとも賃借料の支払を怠つたときは賃貸借契約を解除し、ただちに土地の明渡しを請求されても異議はないこと」なる一項があり、またその末文には、「前記各項のうち一項たりとも土地賃借人において違反したときは、なんらの催告を要せず、本契約を解除したものとし、ただちに土地を明渡すべく特約する」旨、いずれも印刷記載されていて、これに被告会社代表者の記名押印がされているので、原告主張の解除に関する特約がされたかに見える。

然し、被告相内本人尋問の結果、成立に争のない甲第六、七号証とによると、次の事実が認められる。被告会社は日比文夫から別紙記載家屋を買受けたのであつたが、日比は原告からその敷地である本件土地を賃借していたわけでなかつたので、原告と被告会社との間に紛議が生じ、結局原告は被告会社の希望に応じ、前記のとおり昭和二六年五月三一日本件土地を被告会社に賃貸することになつたのであつたが、それに至るまで月余にわたり、両者の間で交渉が続けられた。その交渉の焦点は主として賃借土地の範囲であり、さらには被告会社の支払うべき権利金、賃料額等であつたが、それらの点について双方意見の合致を見るに至つたので、昭和二六年五月三一日その契約書を作ることになり、原告、被告代表者の外、被告会社使用人の被告相内や原告代理人として交渉に当つて来た笠島弁護士などが集つた。その際、契約書は印刷したものを売つているから、それを使えばよい旨の笠島弁護士の話で、被告相内がその用紙を買つて来て、これに、目的物件、賃料額、賃貸借終了日時などを記入の上、被告会社代表者がこれに押印したが、その間右用紙に印刷された文言を特に読みあげたとか、原告主張の契約解除約款について話合がされたことはなかつた。以上のように認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。右認定事実に加えて、原告主張の約款は、一月分の賃料支払を一日でも被告会社がおくらすと、それだけで催告もなく、契約を解除され、地上建物を収去して土地を明渡さなければならなくなるという賃借人にとつて余りに苛酷な内容のもので被告会社がそのような約款をたやすく承諾することは考えられないこと、前記甲第三号証中の文言自体その一方においては、「賃料の支払を怠つたときは、契約を解除されても異議はない」と法律上当然のことをいいながら、末文においては「なんらの催告を要せず本契約を解除したるものとし」と催告のみか、解除の意思表示さえなくして、当然解除となるような規定をおき、その趣旨が必ずしも明確でないことなどを考えあわせると、本件の場合、契約書上の前記文言は正にいわゆる例文にすぎず、そのような合意は原被告会社間に成立しなかつたものと見るべきである。

そうすると、被告会社が昭和二九年一月分賃料を怠つていたこと、原告が同年二月二六日賃料不払を理由とする契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争のないところであるとはいえ、右契約解除の意思表示は適法な催告を経ていない(これをしたとの主張はない)のであるから、その効果はない。原告主張第二の解除についてもまた同様である。原告が催告をしても被告会社がこれに応じた履行をしないこと明かであつたとも認められない。

すなわち、原告主張のように賃貸借契約が解除されたとは認められない以上、被告会社は本件土地につき依然賃借権を有するものであるということになる。また、被告相内が被告会社の許諾のもとに本件家屋に居住しているものであることは当事者間に争のないところであるから、被告会社としても、被告相内としても不当に原告所有の土地を占有しているものではない。

以上のとおり、原告の本訴請求は他の点を判断するまでもなく失当であるわけであるから、これを棄却し、訴訟費用は敗訴した原告の負担として主文のとおり判決する。

(裁判官 西川正世)

<以下省略>

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